2月24日のロシアのウクライナ侵攻のニュースから2週間が経とうとしている。コロナ禍ではあるが、日本でも、その雰囲気を思わず忘却せざるをえないような、強烈な知らせであった。つい先日の塾で、小学3年生の子が、たまたまわたしがその日購入したウクライナの国旗を模したマスクをつけているのを見て、「先生、いいな、それ僕にくれ!」といい、わたしは正直驚いた。また、中高生は雑談でウクライナとロシアのこのたびのことを話している。そのように、この短い期間でちょっと驚いたり、子どもたちが話す内容を垣間見たり仄聞するにつけ、わたしは特別な党派や思想を持っているわけではないが、年少者のかれらが今度の戦争にたいしてある種の動揺を感じているのを見て取ったわけで、ここで私見を述べておいて、対象化してもらう必要もあるかと思った。そこで、主に中高生向けの「国語読解」の授業の枠で書くことにした。さしあたって明日の11日(震災の日であるが)、以下の文章を中学生に読んでもらい、そこでさまざまな意見を募りたい。いずれにしても、子どもたちにとって戦争や平和について何か考える際の一助になるのであればと思う。

いろいろなご意見やご批判もあるかと思うので、以下の小論についてメッセージを寄せていただければ幸いです。ひとまずアップいたします。

ユリイカ学習塾 国語読解 「ロシアのウクライナ軍事侵攻について」 

       2022年3月11日(金)

つぎの文章を読み、あとの問いに答えなさい。

 戦争が始まって2週間が過ぎた。

当初ロシアは一般市民を攻撃しないと言っていたはずだが、いざ戦争が始まると、いとも簡単にそれを反故にした。今日もウクライナの小児科産婦人科病院が空爆でハカイされ、多数の人が死んだ。酷薄な現実、しかしそれが戦争なのだと思い知らされる。

 もともと1991年までロシアはソビエト連邦(ソ連)という国で、ウクライナもリトアニア、ラトビア、クロアチア、カザフスタンなどもソ連に属していた。そこから独立したウクライナは同じく新たに独立したロシアと距離も近いこともあり、(たとえばロシアのモスクワとウクライナの首都キエフは距離にして東京―札幌・福岡間とほぼ同じ、約1000km)、互いに友人知人もたくさんいるような、いわば同胞国なのに、そこで戦争が起きてしまうことの理不尽さがある。

 ロシアの侵攻がはじまって以来、TVやネットの報道をつうじて僕は軍事・経済的に圧倒的に不利で、領土拡大の野望に燃えるロシア大統領の個人的な「狂気」による侵攻で(少なくとも僕にはそのように見えて仕方がない。その意味でロシア国民の責はない。)被害にあっているウクライナの現状を憂う。

一刻も早く戦争が終わってほしい、みんなそうだろう。僕も同じ気持ちだ。しかし、どういうかたちで終わるべきなのか。①そう考えると、事態はなかなか複雑だ。

 攻め入ったロシアが有利になる条件のもとでの停戦や終戦は不当だ。しかしだからといって、ウクライナはロシアに徹底抗戦するべきなのだろうか。そうなるともちろん、戦いは長期化し、ギセイ者の数もその分増す。ではせめて民間人の生命や財産の保障をロシアは守るべきだ。だがそうはいってもこのあいだの両国の交渉で「人道回廊」といって、民間人を安全に避難させるための道路が用意されたが、そこを歩く無防備なウクライナ市民をロシア軍が狙撃したり、安全だというはずの道路に地雷をしかけたり、本来の機能を果たしていないことが判明したのである。

 ところで、ウクライナの民間人のなかには2月24日以来、自ら志願した多数の一般市民がいる。かれらは銃を取ってロシア軍と戦っている。この人たちを義勇兵というが、その多くは妻や子どもを国外にヒナンさせた男性たちである。なかには女性もいる。いずれにしてもこの人たちは軍人ではなく、もとは一般市民である。この人たちの存在について、3月10日付、イギリスのロイター通信社のある記事があったのでここに紹介する。

 ウクライナの首都キエフで9日、領土防衛隊の新たな志願兵が兵器の訓練を受けた。ロシア軍の戦車に穴をあけるための兵器だ。アレックスという名前の教官は、ロシア軍がキエフ制圧を試みるとき、これらの志願兵は立ち向かう準備ができていると述べた。「ロシア軍はキエフに入ることができても、出ることはできない。皆ここで焼き尽くされるんだ。

 ロシアによるウクライナ侵攻の当初は、キエフがすぐに陥落すると多くの人が予想していた。しかし、ロシア政府が「特別軍事作戦」と呼ぶ侵攻から2週間が経過する中、ロシア政府の軍事的失策とウクライナのねばり強い抵抗により、キエフ陥落は実現していない。

 キエフ州知事のオレクシー・クレバ氏は「もちろん、敵がキエフを制圧しようとしていることは十分理解している」と語った。「彼らは2、3日でキエフ制圧を目指していたが、すぐにはできなかった。これはよく知られた事実だ。彼らが失敗したのは、わたしたちの街、国を守るために立ち上がった私たちの軍隊と一般市民の英雄的な行動によるものだ。」

 クレバ氏は今後見込まれる戦いについて「わたしたちにとって、これは『審判の日』だ。善と悪との戦いだ。いずれにせよ、わたしたちは死ぬだろう。でも彼らにわたしたちの街を奪わせない」と述べた。

 ウクライナの決意を示す音楽やシンボルは街のあちこちにある。9日には、残っているキエフ・クラシック交響楽団の団員がウクライナ国家とEUの歌を演奏。ウクライナのテレビで生中継された。指揮者はこのコンサートが平和のための行動だと語った。

 平和のために祈ること、戦いに備えること、それがここでのメッセージだ。

   (出典:「ロシア軍は入ってこれても出られない。総攻撃に備えるキエフ」ロイター通信 2022年3月10日)

 個人的にこの記事を読んで、特に太字部分のところは強烈な印象を僕に与えた

 キエフ州知事は、この圧倒的に自分たちに不利な戦いとわかっていて、なおかつ、自分たちが死んでもなお守り抜くべき人やものがあると訴えている。命を落としてでも守り抜くべきものは何かといえば、自分の愛する、大切な家族であり友人であり恋人であり、それからまた、自分の慣れ親しんだ郷土である。その平和を守る理由を大義という。つまりウクライナには多くの国民にシェアされている大義があり、ロシアには独裁者とその側近たちの個人的な野望を除いて、この戦いに大義はない。だから、何のために戦っているのかわからず、そもそもの戦意がなく、投降するロシア兵が一定数いるのだ、そのような話があちこちで散見される。

 ちなみにこの大義を別名、愛国心、愛郷心という。おそらくこれは人間がほぼ本能的に有している、またはエゴに近いところで持っている防衛本能だ。自分や身近な他者、それから自分たちの共同体を育んできた環境を守ろうとする作用として働くものである。愛国心というと、いまから七十余年前、第二次世界大戦の戦前・戦中の日本では国家から強制されたもので、僕などは戦後世代としてそれを聞いて、とてもいやな感じのする言葉である。しかし、一方では本能、もしくは本能に近い、個人とその共同体を結びつける強い情動なのではないかと思っている。それがウクライナでは今、国による強制ではなく個人や社会の自発的なところから湧き出ている印象を持つので(注)、ある意味どう考えたらいいのか、それからこの戦況が長く続いたら、ウクライナの大義=愛国心のゆく先もどうなるのか、②僕にはわからないところもたくさんあるのだ。

 おそらく今はウクライナ国民にとって、ウクライナのこれまでの歴史的ないきさつを踏まえたところでの、ウクライナ人にしかわからない、言い換えればウクライナ固有の、共有された大義があり、ロシアの軍事的な侵攻によって増幅した、まっとうな守るべき理由があることにまちがいはない。キエフ知事がいうようにロシア軍の攻撃でたとえ自分の死を認識していても、その個人の死を超えたところでの、おそらくは守りぬくべき未来の平和の希望である。ここに簡単に、「STOP THE WAR!」といえない理由がある。③少なくともロシア国内でそうした戦争反対の世論が大きくならないと、このウクライナの大義の正当性が覆ることはないだろう。その意味では当事者ではない僕たちにとっては、これ以上の痛ましい惨状を止めるために、例のロシアの権力者にむけて声高に言うしかない。「あなたのしたことは完全に間違っている」と。

※(注) 3月15日 追記 ウクライナで2月下旬以来、第二次大戦前の日本の1940年であったのとほぼ同じ名称の国家総動員令が出されていたのは、私の知識不足による。そうなると、ウクライナ国民のなかでどのようにstop the war の言論が抑圧されているかの別問題を考える必要がある。またそれと同程度に、ロシア国内での最近の動向を踏まえ、ロシア国民の反体制派の声がどの程度保障され、ないしは封殺されているのか、地政学的な意味を含めて各地方や階級、世代間での意見の傾向性について、今後の報道や知見を注目したい。ただ、それを差し引いても、上記の私見の大意、つまり国民それぞれの愛国心や大義が、今後の推移でどのように変わり得るのか、また変わらないものなのかについての主張において、私の思うところに変わりはないと感じている。

問1 文章中、傍線部の漢字をひらがな、また、かなを正しい漢字にそれぞれ直しなさい。

①反故(   )   ②ハカイ(     )

③ギセイ(    ) ④ヒナン(   )

⑤覆る(   る ) ⑥声高( )

問2 傍線部①「そう考えると、事態はなかなか複雑だ」とありますが、どうして筆者が事態が複雑だと考えているのか、その理由を説明しなさい。

問3 傍線部②「僕にはわからないところ」とありますが、本論から読み取れる、筆者のわからないところとはどういうところなのか具体的に説明しなさい。

問4 傍線部③「少なくともロシア国内でそうした戦争反対の世論が大きくならないと、このウクライナの大義の正当性が覆ることはないだろう」とありますが、どういうことか、わかりやすく説明しなさい。

問5 今回の、今日も続いている戦争についてあなたが感じていること、考えていることを自由に論じなさい。