塾の生徒さんにもわかりやすく伝わるように書いてみる。昨日の選挙で自民党が歴史的大勝した。これから当分野党のストッパーなしにいろいろな自民党の法案が成立していく。2/10の新しい報道では高市総理が憲法改正にも意欲的と言及していることで、選挙公約でまるでなかったことに早々彼女が言うのに半ば呆れている。
ちなみに僕は特定の支持政党をもたない無党派の人間だ。だからこれまで自民党に票を投じることもあった。しかし、東京の30の小選挙区すべてで自民候補が当選し、結果的に465中316議席も取るなんてあまりに極端すぎるだろう。しかも投票率は56.26%。これでいいのだろうか。
政治は民意の反映だというけれど、そして僕は民意は大事だと思うのだけれど、その民意の中身や深さをどうやって僕らはこれまで形成してきたかということをあらためて問う。この選挙の結果だからということもあるけれど、やはり前々からだ。選挙に勝つための、各政党の戦術の、いわゆる党利党略もあるだろうが、それ以前にいったい僕らはどうやって自分の意見を決めて、自分と同じ思いを持つ立候補者に対して一票を投じてきたのか。それには相対する反対派の、カウンターの考えも大事で、だからこそ民衆の熟議を通じての合意形成が大事なはずなのだが、少なくともその点、この国では(外国との比較はともかく)、昔から圧倒的に弱いのだ。どうしてだろう。
どうしてかわからないけれど、少数派は多数派にいつの間にか飲み込まれていく。論理よりも熟議よりも、民衆は時代の空気や感情に動かされている。 今回の選挙では、多数派に対抗する票を投じる人がありそうだったのにそうはならなかった。だから僕は政党の党利党略の前に、民衆の民意の程度を問う。自分の意見は多数派がそうだからと言ってそれに従い、それに反対する者に対しては何の文句があるのかと言っては、反対意見を唱える人たちの人間性を感情的にあげつらったり、もしくは無条件に批判をし、たとえそうでなくても自分の意見に対して責任を持たずに冷ややかな目で見る、そんなおとなが多いように僕などには映る。
そうなるのは社会に、生活に余裕がないから?でも、僕もあまり変わらないよ。根拠のない権威主義にすがるのはもうそろそろやめにしないか?
物価高や消費税に財政、収入格差、外国人の移民問題、対中関係に国際情勢、これだけ社会の情報化が進んでいるのにもかかわらず、政治の動向により僕たちの生活のあり方(幸福か否かは言わない。)が影響されるのにもかかわらず、それらを省みずに、どれだけみんなが自分の票を投じてしまったのか、あるいはどうして誰にも投票しなかったのか、そこを問いたい。
もしも物価高が進み、消費税が上がり、対中関係が悪くなっても、それをまるで自然災害が起きてしまったかのように、仕方なく下を向いて生きる人たちもいるのかも知れない。でも、と思う。
数日前のイギリスのTIMEという新聞記事で、この度の日本の選挙に候補者が勝つ方法として、タイトル、”How to win an election: speak clearly but say nothing”「はっきり話せ、しかし何も語るな」というものがあった。公約の内容に関する大した論議や疑問なしに、「サナ活」が盛り上がる現状を皮肉った記事だった。外国人から見れば日本人の投票行動は奇妙に映るらしい。しかし僕の目にも奇妙に映る。選挙の目玉となる大した争点もないまま、一党が大勝してしまった現状に心が暗くなる。
年下世代の子どもたちにはこの国の、この社会がどうあれば理想的なのか、そしてその理想に対する自分の意思決定のプロセス、つまり他者との関係性のなかでどのように自分の意思を伝えていくべきなのかについて、僕はゆっくりと考えてほしいと思う。そしてその考える材料をゆるやかに提示して行きたいと思う。もちろん特定の政党や党派とは無関係に。もしかしたら自分の頭でものを考え、異なる他者の意見にしっかり耳を傾けることの大事さについて、若い人たちのほうが柔軟性を持っているかも知れない。。夜も更けてきた。絶望的になるのはやめよう。
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