先日、1回目のワクチン接種を荒川区内の会場で受けました。

ほんとうはファイザーのほうを副反応の見地から選択したかったのですが、7月2日の申し込みの時点でファイザーは既になく、モデルナ一択でした。ちなみに、自分は少なくともワクチンを受けるか否かについては、自分なりに信頼できる情報を集め、ジャッジするのであれば、個人の選択に委ねられる選択の自由はあるだろうと思っている立場です。

ですから、他人にワクチンを強制するつもりはありませんが、自分はこの間受けました。

そうやって選択したとはいえど、接種会場に向かうさいに、ワクチンを受けることについて、一抹の不安はありました。いざ、会場に着いてから、一連の手続きには滞ることもなく、実にスムーズに進みました。いわゆる接種券を出し、本人確認、問診、指定された席に座るなどの行程です。一部カーテンで仕切られたエリアがあり、そこに名前を呼ばれて入っていくことを私は予想していたのですが、実際そうではありませんでした。自分の席の両サイドに2人の看護師がやってきて、ワクチンを打つ方式でした。その分、看護師のほうに、いちいち腰をかがめなければいけないなどの手間がかかり、これは打つほうも大変だなと思っていて、さあ自分の番がやってきました。

まず、自分の名前を問われ、「はい、イリヤマノブヒコです」と答えたのち、片腕をめくって消毒してもらって、ワクチンを打っていただきました。打ったあとで、一人の看護師が「ノブヒコセンセイ、お久しぶりです!」と小声で言うのです。キョトンとする私。マスク姿でまったくわかりませんでしたが、それは10年前高校生だったかつての教え子なのでした。

「あっ!アヤカ!」 「センセイ、元気?」「おう、マジか、アヤカ、…ご苦労さん、ありがとう!」静かな会場のうえに、咄嗟の出来事ですので、こんな短いやりとりでしたが…

いやいや、私は感無量でしたよ。いくばくかのワクチン接種の不安がアヤカの一言でどこかに吹っ飛んでしまったようなのです。接種後も私の気持ちはノープロブレム、と申しましょうか、「がんばって看護師になったぞ」というアヤカが、いま、世の中で立派に活躍していることの嬉しさが私を圧倒したのです。

47年間生きているとこういう経験もあるのですね。

理性の判断は、それ自体きわめて正当なものでありますが、それだけだと、どこか空疎に感じられます。どうも個人的な経験や感情は、その理性の下部にあるというか、ほんとうの理性的なジャッジメントは少なくとも私にとってはある種の限界があり、いい意味でも悪い意味でも、感情のジャッジメントに支えられているというか、…もちろん私の経験のかぎりにおいてですが、…ワクチン接種は、私にとっていい経験でありました。

一日経って、いま「ちゃんと」私の片腕は副反応でいくばくか腫れ上がっているところです。ありがとう、アヤカ!